ONUKI SHOTARO

Story経歴

大貫 渉太朗
ショットマンストーリー

01.幼少期

story

5歳から父と友人と共にゴルフを始めた大貫プロ。始めたきっかけは両親からのススメで最初は運動や遊び感覚で始めたゴルフ。
6歳で初めてのラウンドを経験し、スコアは173。10歳で水戸のジュニア生が集まる練習場でグループに参加し本格的に練習をスタート。
その後1か月で、スコア100を切り才能の片鱗を見せていた大貫プロ。ゴルフの楽しさに気づき、ますますゴルフにのめり込んでいく。

02.中学・高校と華やかな戦績

story

中学に入学後の大貫プロは、全国中学ゴルフ選手権大会に連続出場を成し遂げ、中学生にしてSRIXONからの用具提供を受ける。
次第に頭角を表してきた大貫プロは中学卒業後、多くのプロゴルファーを送り出してきた名門私立水城高校に進学し、ゴルフ部に入部。
練習は早朝4:00から始まり、授業を挟んで帰宅するのは夜中という厳しい環境で鍛えられながら、同部ではキャプテンも務め、3年連続日本ジュニアに出場し最高成績は5位という好成績を残していった。

03.「ショットマン 大貫 渉太朗」

story

18歳、高校3年生で出場したサマーゴルフジュニアクラシックでは、台風の影響を受けながらも、持ち前のショットの正確さと技術で男子12歳~18歳の部で堂々の優勝を勝ち取り、 未来のスター候補生として高校生ながらマイナビABCチャンピオンシップゴルフトーナメントの出場を果たした。
その後、PGAゴルフアカデミー太平洋クラブ益子にて研修生として活動し、19歳で受けたプロテストを一発合格。ショットマン大貫渉太朗プロ活動がはじまる。

04.渡邊プロとの出会い、アジア進出

story

プロとして活動を始めた大貫プロ。2016年に開催されたQTではファイナルに進出を果たす。

その時同組で一緒になったのがパターモンスター渡邊康プロであった。 結果はお互いに惜しくもファイナル予選で敗退したが、この出会いが後に影響する。
当時日本ではアプローチのイップスに悩んでいた大貫プロ、海外へ視野を広げ、日本ツアーではなくアジアツアーへ進出。環境の変化により数試合苦戦をするが、環境に適応し徐々に調子を取り戻していった。大貫プロはアジアキュースクールのファイナル進出を果たす。
悩んでいたアプローチイップスを持ち前の分析力と感覚で克服し、フィリピンツアーで4位という好成績を残し賞金ランキング30位、フィリピンツアーのシード権獲得を果たした。
しかし、当時フィリピンでの情勢の悪化を受けて、帰国を強いられてしまう。

05.再び日本へ、ゴルフへの思い

story

フィリピンツアーでのシード権を保持していたにも関わらず、情勢の悪化により帰国を強いられた大貫プロ。
日本に帰国後、さらにショットが冴え渡り活躍を続ける。 2019年にはAbemaTVツアーの「Novil Cup」予選通過 50位T、「太平洋クラブチャレンジトーナメント」決勝進出 22位Tという成績を残し、 2020年に「たかの友梨杯 Maple Cup」で優勝。など結果を残してきた。

しかし大貫プロはこのままゴルフを続けていていいのかと悩んでいた。

「家族を守るためにはもっと結果を出さないといけない」「今回のQTでファーストで落ちたら引退し、安定した職業につこう」
覚悟を決め挑んだ2021年のQTの練習ラウンドにて、パターモンスター渡邊康プロと再会する。

渡邊プロに悩みを打ち明けた大貫プロに対し「絶対やめないほうがいい。ツアープロを続けながらできることはたくさんある」と背中を押された。 渡邊プロは一度ゴルフを完全に諦め、異業種へ行った経験を持つプロゴルファーであり、その言葉は大貫プロの心に響いた。
試合の結果、QTファーストステージは見事5位通過を果たした。家族や支えてくれた方々、面倒を見てくれた方々へ恩返しをという思いを力にセカンド突破を目指す。

今後の目標は、ツアープロとして日本ツアーのシード権獲得と、ジャパンオープン優勝を目指し精進しながら、渡邊康プロの監修するゴルフスクールにてコーチ業を行いゴルフ業界での多様な活躍を目指していく。

取材依頼・スポンサーなどお問い合わせはこちら

平日 10:00 〜 17:30

※番号はおかけ間違えのないようご注意ください。

メールはこちら
sp.management@wiredpackage.net
お問い合わせはこちらからお気軽に